1. 香りがもたらすビジネス効果
心地よい香り(以下、アロマ)の力を活用したマーケティングは「香りマーケティング」と呼ばれ、近年導入する企業が増えています。アロマはストレスや疲労感の軽減、集中力の向上にも効果があると考えられ、接客業だけでなく、オフィスの生産性向上や健康経営にも活用されています。
2. 香りが脳にもたらす影響
香りが記憶や感情に強く結びつく現象を「プルースト効果」と呼びます。嗅覚が感情や記憶を司る大脳辺縁系を刺激することにより、他の感覚よりも感情や記憶に深く影響を与え、その香りに関連する印象を長期間にわたって記憶に残します。また、アロマは嗅覚を通じて自律神経にも作用し(*1)、これによりリラックス効果や集中力向上効果が期待されています。
3. アロマによる顧客体験価値の向上
このような香りの特性を活用して、顧客体験価値(Customer Experience:CX)向上に取り組む企業が増えています。
例えば、ホテルではブランドイメージや空間に適したアロマを使用することで、CX向上やブランディングに役立てています(*2)。小売店の店舗では、アロマが広がっていると顧客満足度や店舗滞在時間などの購買行動にポジティブな影響を与えることが研究で示されています(*3)。また、ラベンダーの香りが歯科治療中の患者の不安を軽減する可能性があることも報告されています(*4)。
このように、アロマの活用は顧客満足度だけでなく、ブランディングの強化や顧客の不安感の軽減といったCX向上にも活用することができます。
4. アロマによる生産性向上
アロマは顧客への効果だけでなく、従業員にも良い影響を与えます。ラベンダーやカモミールにはリラックス効果、オレンジスイートやヒノキにはリフレッシュ効果、ローズマリーやグレープフルーツには集中力を高める効果があると言われています。
これらの効果を検証する研究も進められており、アロマがは作業者の集中力や精神的疲労感を軽減し、作業効率のを向上に役立つさせる可能性が示されています。実際に例えば、プチグレン精油を用いた実験では、職場における作業効率の向上が確認されています(*5)。また、ラベンダーやオレンジスイートなどの精油が、テレワーク就業者の仕事のパフォーマンスや気分を改善する可能性も示唆されています(*6)。
こうした効果を背景に、従業員の生産性向上やストレス低減、さらには「出社したくなる」オフィス環境づくりの一環として、アロマを導入する企業が増えています。
5. アロマ導入時の注意点
・香りの種類や強度、使用方法の選定:香りの種類や強度が不適切だと、顧客体験や従業員の集中力を逆に低下させる恐れがあります。香りに対する嗜好には個人差があるため、使用する香りやその方法については専門家に相談し、環境に合わせて調整することが重要です。
・費用対効果の確認:アロマ導入には初期費用やランニングコストがかかります。事前に期待される効果と費用を評価しましょう。導入後には効果を定期的に確認し、必要に応じて調整を行うことで、アロマの効果を最大限に引き出すことができます。
6. まとめ
アロマはただの「香り」ではなく、顧客にポジティブな感情を与え、従業員のやる気を引き出す力を持っています。アロマディフューザーやスプレーなど、手軽に取り入れられるアイテムも多数あり、アロマを活用することでCXや生産性の向上が期待できます。
また、香りの空間デザインを手がける企業も増えており、アロマを効果的に活用した経営改善の事例が増えつつあります。アロマの力を企業経営に取り入れ、競争優位性を高めるための第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
(*1) 吉田聡子, 佐伯由香. (2000). 日本看護研究学会雑誌, 23(4), 11-17.
(*2) Peng, S.-Y. (2015). Proc. MSMI 2015.
(*3) Morrison, M., Gan, S., Dubelaar, C., & Oppewal, H. (2011). J. Bus. Res., 64(6), 558-564.
(*4) 下地伸司, 竹生寛恵, 大嶌理紗, 川浪雅光, & 菅谷勉. (2018). 歯科保存学雑誌, 61(5), 282-291.
(*5) Huang, L., & Capdevila, L. (2017). J. Altern. Complement. Med., 23(3).
(*6) 澤井久子, 水上勝義. (2025). Jpn. J. Aromatherapy, 26(1), 31.
<<執筆者>>
伊藤 世士洋
中小企業診断士(2024年登録)、薬剤師、情報処理安全確保支援士、(公社)日本アロマ環境協会認定アロマブレンドデザイナー
医薬品や食品添加物等の品質保証職を経て、現在は製薬企業の情報システム部門で生産領域のシステム導入支援をする企業内診断士。システム導入支援や品質マネジメントの領域に強みを持つ。中小企業診断士として企業支援に取り組む一方で、アロマセラピーのワークショップの開催なども行っている。