◆1◆メディアで見聞きする「ダイバーシティ」
出勤前の支度をする慌ただしい朝、TVニュースからSDGsの解説が流れその説明に「ダイバーシティ」が多く使われていました。
NHKのインビューに蟹江憲史教授注1は、“SDGsの17の目標の中には、「ダイバーシティ」という目標はありませんが、SDGs全体に通じる「誰一人取り残さない」という理念や、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」や目標17「パートナーシップで目標を実現しよう」など、SDGsの考えのベースには“多様性の尊重”があるため、「ダイバーシティ」という言葉を数多く用いて説明しているのです”と解説しています。
また電車やバスで移動中、スマホでWebニュースのお知らせをチェックしていると、他社人物紹介の役職に「○○部○〇課ダイバーシティ担当○○長」という記事が届くようになってきました。ランチタイムに新聞に掲載される企業役員コメントや社長対談などの情報記事を閲覧していると、「ダイバーシティ」を取り上げる経営トップのコメントが掲載されていました。
このように日常的にメディアで使われるようになってきた「ダイバーシティ」という用語ですが、そもそもどのような意味でしょうか?そしてなぜこのように頻繁に取り上げられるようになってきたのでしょうか。
◆2◆「ダイバーシティ」
産業組織心理学会の第1巻「産業組織心理学を学ぶ」(編:金井篤子)注2は、“ダイバーシティ(diversity)とは、「多様性」と訳されるが、そこに込められる意味は非常に広い。性別・人種・年齢など外見から識別できるものから、パーソナリティや趣味、習慣などの、一見しただけではわからないものも含まれる。その他にも、収入や働き方、母語、宗教、所属する集団や社会など、個人のあらゆる特性や属性は、個人のもつ多様性や広がりの可能性を示すものであり、これらを指す言葉としてこの「ダイバーシティ」が使われている”と記しています。
また、日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会(2002)注3はダイバーシティを“従来の企業内や社会におけるスタンダードにとらわれず、多様な属性(性別、年齢、国籍など)や価値・発想をとり入れることで、ビジネス環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、企業の成長と個人のしあわせにつなげようとする戦略”と位置付けていました。
株式会社 NTT データ経営研究所「諸外国におけるダイバーシティの視点からの⾏政評価の取組に関する調査研究報告書」注4によると、“米国では1980年代になると、ダイバーシティが⼈材のモチベーションの向上等に効果があることが認識され始め、1990 年代には、第3次産業化の進展に伴い、企業においてダイバーシティがもたらす⽣産性や収益性への効果が認識され始めるようになった。この結果、ダイバーシティは、競争優位性や差別化の源泉として、経営戦略上に位置付けられるようになってきた”と米国が早くからダイバーシティを経営戦略に取り入れてきた時代背景について記しています。
この影響で1990年代から日本に進出してきた外資系企業はこの概念を取り入れていました。⽇本の国内企業におけるダイバーシティは、⽇本経済団体連合会がダイバーシティ・ワーク・ルール研究会を発⾜した 2000 年頃から注⽬されるようになりました。注5そして、近年国内でも一般に認知されるようになり現在では、「多様な人材を登用し活用することで、組織の生産性や競争力を高める経営戦略の用語」として広く認知されています。注6
◆3◆「ダイバーシティ・マネジメント」
経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」注7のなかで、「ダイバーシティ・マネジメント」を、“企業の従業員や取締役など、年齢・性別・人種・宗教・趣味嗜好などさまざまな属性の多様な人々注8を受け入れて、その能力注9を最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営注10のことを指す。個々の企業が置かれた市場環境や技術構造の中で競争優位を築くために必要な人材活用戦略であり、福利厚生やCSR(企業の社会的責任)としてではなく、あくまでも経営戦略の一環として、自社の競争力強化という目的意識を持って戦略的に進めることが重要”と解説しています。
◆4◆「ダイバーシティ」が必要とされる社会的背景
この「ダイバーシティ」、「ダイバーシティ・マネジメント」が必要とされる背景にはどのようなことがあるのでしょうか?
それは、日本社会の置かれている状況が関係しています。経済産業省「ダイバーシティ2.0 一歩先の競争戦略へ」注11によると、“世界、特に欧米を中心とした先進国の中では、1990年代からダイバーシティが重要視されてきていました。”一方、日本では2000年以降国内企業が取り入れ始め約10年程度の導入の遅れがあります。
そして現在、“競争環境のグローバル化を始めとする市場環境の変化は、企業経営に対して、経営上の不確実性を増大させるとともに、ステークホルダーの多様化”をもたらしています。企業は、多様化する顧客ニーズを捉えてイノベーションを生み出すとともに、差し迫る外部環境の変化に対応するため、“女性を含む多様な属性、多様な感性・能力・価値観・経験 などを持った人材を確保し、それぞれが能力を最大限発揮できるようにする「ダイバーシティ・マネジメント」の推進が求められている“と分析しています。
下記の図は日本国内の人口推移です。2008年をピークに減少傾向が続いている人口は、今後10年でさらに減少傾向が加速すると予測されています。
直近に発表された2022年5月の人口の概算値では、1億2,505万人。
前年同月から約73万人減少しています。国力の低下を防ぎ、労働人口減少をおさえ、企業の人材不足を解消するには、人材の多様化(海外からの労働者受け入れ、女性の継続的な社会進出、高齢者の労働参画など)が急がれる状況です。
少子高齢化が進み、労働力人口が減少し続けている現在、自社で働く仲間を確実に確保していくことは、今後企業が存続していくために益々重要な課題となってきています。
ダイバーシティは、企業の人材戦略の一環でもあるのです。なぜなら、“ミレニアル世代の人材は、就職先を選定する際に、企業の「多様性や受容性の方針」を重要視しており、特に女性はこの傾向が顕著”だからです。(注11)
このような時代背景などがあり、近年ダイバーシティ・マネジメントが、ニュースなどで話題になる事が増えたのだと推測されます。
次回は、「ダイバーシティ・マネジメント」に関して確認していく予定です。
本文中の参考文献についての補足
(注1) NHKおうちで学ぼう「なぜSDGsで「多様性」が大事なの?」 慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授の蟹江憲史先生の回答
(注2) 産業組織心理学会企画、金井篤子編(2019)「産業組織心理学を学ぶ 心理職のためのエッセンシャルズ」(産業組織心理学講座 第1巻) (第9章第3節「ダイバーシティ」)
(注3) 日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会(2002) 「『日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会』報告書の概要 原点回帰 —ダイバーシティ・マネジメントの方向性—」
(注4) 株式会社 NTT データ経営研究所(2018)「諸外国におけるダイバーシティの視点からの⾏政評価の取組に関する調査研究 報告書」(2.1.国際的動向)
(注5) ⾕⼝真美(2008) 「組織におけるダイバシティ・マネジメント」(『⽇本労働研究雑誌』50(5) )
(注6) 競争戦略としてのダイバーシティ経営 (ダイバーシティ 2.0)の在り方に関する検討会(2017) 「『ダイバーシティ 2.0』 検討会報告書 ~競争戦略としてのダイバーシティの実践に向けて~」
(注7) 経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」、経済産業省 ダイバーシティ経営企業100選目次
(注8) 「多様な人々」とは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含みます。
(注9) 「能力」には、多様な人材それぞれの持つ潜在的な能力や特性なども含みます。
(注10) 「イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」とは、組織内の個々の人材がその特性をいかし、いきいきと働くことの出来る環境を整えることにより、「自由な発想」が生まれて、その影響をうけて生産性が向上することで、自社が競争力を強化させることにつながる、といった一連の流れを生み出すことができる経営のことです。
(注11)経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室(2020) 「ダイバーシティ2.0 一歩先の競争戦略へ」
2019年診断士試験合格、2020年5月中小企業診断士登録 外資系出版・ITメーカーを経て金融業界が長い。2022年4月から明治大学院経営学研究科に在籍。RPAアソシエイト、フラワーデザイナー、横浜ビジネスエキスパート登録診断士。業務は、①企業経営診断、②海外進出・マーケティング・販路開拓等の相談対応、③各種補助金の申請支援、④経営に影響ある法令改正(割賦販売法・ハラスメント等)・事業変革(ダイバーシティ)・販路開拓(新規市場)関連の研修講師、⑤業界分析Web書籍の執筆などを通じて、企業支援活動を実施している。