コラム

異文化との対話から始まる海外展開
みんなの国際化
25/11/10

グローバル化が加速する現代、企業の海外展開はもはや大企業だけの特権ではなく、中堅・中小企業にとっても成長戦略の一環として広がりを見せています。新たな市場を求めて海外に進出する企業は年々増加していますが、現地での事業が思うように軌道に乗らないケースも少なくありません。その背景には、言語や制度の違いだけでなく、進出先の文化や歴史に起因する、見えない意識や価値観への理解不足が潜んでいることがあります。今回は、私自身の経験から得られた対処のためのポイントをご紹介したいと思います。
 
1.仕事に対する考え方や価値観が違う
 
私自身、かつてイギリスに駐在していた際、見えない意識や価値観の違いなどビジネスの根底にある考え方が日本とは異なることを肌で感じました。
 
自動車産業向けのロジスティクスセンターの立ち上げに際し、多くの現地スタッフを雇用したのですが、仕事に対する向き合い方が日本人とは異なり、意欲や向上心を持って取り組むスタッフが少ないことに気づきました。そのため、思うように品質や生産性が上がらず苛立つ日々を送っていました。また、自社のみならず、顧客の日系企業の多くもイギリスの地方に工場を構え、同様に地場でスタッフを雇用していたのですが、同じ悩みを抱えていました。
 
待遇が良くないからなのか、転職が当たり前で会社に対するエンゲージメントが低いことが理由なのか、などと考えを巡らせる中、ある時、イギリスには階級意識が根強く残っており、現状に満足して変革を求めない階層があると聞きました。自分のお祖父さんも父親も代々この仕事だったから、自分もこの仕事で良いし、今以上の待遇も求めないと現状を受け入れ、ステップアップや高給を求めることにそもそも関心が薄いのだそうです。もちろん、現代の英国では法的にもかつてのような階級制度など存在はしませんし、努力を積み重ね、より高給の職、高いポジションを目指す人も当然いるわけですが、地方ではまだまだ階級制度のDNAが脈々と人々の意識の根底に存在していたのです。赴任するまでは思ってもみなかったことでした。
 
2.円滑な事業運営のための異文化理解への取り組み
 
ただ、それが悪いわけではありません。彼らは押しなべて人が良く、卑屈になっているわけでもなくて、パブで語り合ったり、ガーデニングやDIYに勤しんだり、家族との時間を大切にする幸せな生活を送っていました。私自身、逆にそんな彼らを羨ましく感じることもありました。
 
そこで、現地スタッフの意識や価値観を理解し、信頼構築の一環として、一緒にパブやドッグレース(競馬のような犬のレース)場に行ったり、ガーデニングのコツを聞きに行ったり、逆に日本の食を体験してもらうために日本食レストランで懇親会を開催するなど、文化背景を相互に学ぶイベントを実施しました。その結果、職場の雰囲気も徐々に変わりました。そして、お互いの文化背景を理解の上で現地スタッフの意識や価値観を前提とした仕事の組み立て方を工夫することで仕事においても少しずつ改善が進みました。
 
例えば、日本であれば、退社時間が過ぎても、その時に手掛けている仕事のきりが良いところまで進めてから退社すると思いますが、彼らは退社時間がくると、仕事が途中でもそこで仕事を止めて退社してしまいます。契約の終業時間が来たら業務終了というのは解るのですが、作業を仕掛途中で止めてしまうと、どこまで進めたのかが曖昧になり、加工漏れや数量間違いといった品質面の問題が生じやすくなります。それを回避するために、休憩や退社前には仕掛中となる作業には着手しないルールとしました。日本的に考えると、時間一杯まで仕事をしてもらう方が効率的だと思うのですが、敢えて早めに作業を止めることで品質を安定させるようにしました。
 
これは100点満点の施策ではないのですが、品質を安定させて顧客の満足度を上げることで、顧客との交渉をスムーズに進めたかったため、まずは第一段階として、現地スタッフの働き方を考慮した上での品質を優先した仕事の進め方として、このようなルールの見直しを行いました。
 
3.現地の文化と歴史への理解と敬意が相互理解への第一歩
 
こうした経験から痛感したのは、海外に進出して日本的な意識や価値観で現地のスタッフと接するのではなく、現地の人々が何を大切にして、どんな歴史や文化を歩んできたのかを理解しようとする姿勢が信頼関係の構築につながる大切なことだということです。私自身も、頭では理解していたつもりでしたが、実際に取り組み、気がつくまでには少し時間を要しました。これは何もイギリスに限ったことではなく、世界中の価値観が大きく異なる地域でも共通するポイントであると思います。
 
これから海外へ進出しようとする中小企業の皆様においても、現地の文化に敬意を示すことで、従業員やパートナーとの関係が深まり、長期的な事業の安定につながります。経営者自身が率先して異文化理解に努める姿勢は、現地スタッフに対する敬意の表れで、企業文化の浸透にもつながり、組織全体の姿勢を変える第一歩となるでしょう。
文化と歴史への理解は、“コスト”ではなく“投資”だと思います。海外展開に際し、文化と歴史への理解を深めることを、ぜひ経営戦略の一部として位置づけていただきたいと願います。
 
【執筆者紹介】
岸田 幸宏(きしだ ゆきひろ)
東京都中小企業診断士協会 城南支部所属。長年の国際物流企業における貿易実務、海外物流事情への知見、外地におけるマネージメント経験等を活かし、海外との輸出入や海外進出を考える事業者の海外展開支援に注力する。フランス、イギリスに駐在経験あり。