コラム
第1回 否定から入らず、既存資産×多様性で挑め
~「停滞」を「成長」に変える、三位一体の承継モデル~
はじめに 真面目な後継者ほど陥る「否定の罠」
多くの中小企業にとって、事業承継は最も大きな経営課題の一つです。しかし、後継者にバトンを渡すプロセスにおいて、停滞や組織の軋轢という壁によく直面します。これは、必ずしも後継者の経験不足や先代の頑固さだけから生じるものではありません。むしろ、「家業を良くしたい」「さらに成長させたい」という後継者の強い覚悟と責任感が裏目に出てしまっているものと私は考えます。
自分の存在意義(カラー)を示そうとするあまり、無意識のうちに先代のやり方(過去)を否定してしまうことがあります。「今の時代にこのやり方は合わない」「もっと効率化すべきだ」――。後継者にとっては会社のための正論であっても、先代からすれば、自身が築き上げてきた歴史を否定されたように感じます。結果、先代は防衛本能から口出しを始め、変化を恐れるベテラン社員も「自分たちが否定された」と不安を抱き、組織は分断されてしまいます。
既存を否定し、過去と比較する土俵に立っている限り、承継は新旧の戦いになり組織力は低下します。必要なのは否定や比較ではなく、先代たちが築いた「既存資産(レガシー)」を肯定し、そこに全く異なるベクトル(多様性)を掛け合わせるという発想の転換です。
単なる交代ではない「三位一体の役割分担」
事業承継は、社長が交代するだけの出来事ではありません。私は、「先代」「後継者」「組織(ベテラン社員)」の三者がそれぞれの役割を再定義し直す、「三位一体の改革」として捉えるべきだと考えています。全員が同じ方向を向く必要はありません。むしろ、お互いの領域を尊重し、役割を明確に分ける(棲み分ける)ことが組織全体のパフォーマンスを最大化させます。
1. 先代の役割 過去と未来の両輪
先代が安心して経営から離れ、後継者に譲り切るためには「過去の総括」と「未来の出口」が不可欠です。この両輪がそろうことで、先代は精神的に満たされ、後継者への過干渉は自然と解消に向かいます。
「過去の総括」とは第三者を活用した功績の可視化です。私たちのような専門家が間に入り、創業の想いや暗黙知を言語化し、社史等のカタチに残します。このプロセス(儀式)を通じて先代は「自分の想いは正しく引き継がれた」という安心感を得られます。
「未来の出口」とは、社会貢献へのシフトです。豊富な経験と人脈を活かし、地域活動や業界団体、NPO支援などにエネルギーを注いでいただきます。社内での役割だけに固執するのではなく、社外に新たなフィールドを見出すのです。
2. ベテラン社員の役割 「守る」という誇り
次に古参のベテラン社員の役割です。改革の失敗の多くは彼らに無理な変化を強いることで起きます。彼らには、これまで通り既存事業の番頭として、収益基盤を守ることに徹してもらいます。無理に新しいツールや手法を押し付ける必要はありません。「変わらなくていい安心感」と「既存事業を支えている誇り」を持ってもらうことで、彼らは後継者の最大の理解者となり、新規事業へのリソースである資金・人手の安定的な供給源となってくれます。
3. 後継者の役割 「既存資産×多様性」で拓く
ベテラン社員が足元を固めてくれているからこそ、後継者は安心して未来へ挑むことができます。後継者の挑戦は、既存事業と無関係な飛び地であってはなりません。先代が築いた技術力や信用、顧客基盤というかけがえのないレガシーを土台にして取り組むことが重要です。
この土台の上に多様性を掛け合わせます。若者や女性の感性、外国ルーツ人材の活力、障がい者の持つユニバーサルな視点――。これまで社内になかった異質な要素を取り入れ、既存の資産との化学反応を起こすことで新しい市場や価値を創出します。これこそが先代を否定することなく、かつ後継者自身のカラーも発揮できる「第二創業」の姿です。
「比較」から「共存・相乗効果」へ
このモデルの要諦は、後継者が「先代よりも上手く既存事業を回す」という競争から降りることにあります。既存事業は、ベテランと先代のレガシーに敬意を払い、彼らに任せる。一方で後継者は、その資産を活用しながら、多様なチームと共に新しい価値を創造するのです。このように役割を分ければ、互いのベクトルが違うため衝突は起きません。むしろ、既存事業(守り)と新規事業(攻め)が両輪となり、企業は停滞を打ち破り、成長軌道に乗ることができます。
次回は、このモデルの第一歩となる「先代の引き際」と「ベテラン社員の活かし方」について、より具体的な実践論を展開していきます。

執筆者:安藤雄三
中小企業診断士。大手コンサルティングファームにてM&A/PMI、組織再編等のコンサルティングに多数従事。現在は同ファームのコーポレート・人事部門にて自社の企業変革に携わるとともに、NPO・中小企業等に対する伴走支援を実施。