コラム
■はじめに
労働力人口動態にみられる通り、日本は少子高齢化が進んでいるため人材確保が難しくなっています(図表1)。2021年4月1日より改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳まで雇用が義務化され、70歳までの就業機会確保措置が努力義務化されています。雇用確保が難しくなるなか、職場環境を良くして「従業員の健康保持・増進」を目指し、「労働生産性の損失」を抑え、「業績の保持・向上を目指す」とする「健康経営」について考えたいと思います。
1.労働力人口の動態にみられる高齢化の進行
2017年と比較すると、2024年の国内総人口は311万人減少しているが、労働人口は224万人増加しています。内訳をみると44歳以下では157万人の減少している一方、45歳以上で381万人増加したことが要因です。現在、労働力人口に占める55歳以上の割合は32%となっている状況にあり、職場における高齢化が進んでいます。

2.職場環境の意義
職場環境は物理的環境と労働条件環境の2つに大別できます。近年はDX・AI・自動化による仕事環境の変化や、ワークライフバランスなどに配慮した柔軟な勤務形態など、「労働条件環境」への対応が重要になっています。
(1)職場環境の現状
ア)物理的環境
「事務所衛生基準に関する事業場調査結果の概要」は次の通りです。(厚生労働省2020年1月実施、無作為抽出回答1,217社)。
・事務所では、天井照明のLED導入が進んでおり、事業場のうち85%が300ルクス以上。
・男女別トイレは85%設置、労働者50人以上では設置割合94.8%、多機能トイレ32.6%。
・男女別の更衣室の設置状況は57.9%、シャワー設備は21.8%。
・休憩設備設置状況は80.8%、男女別の休養室(身体に不調がある際等のための施設)の設置は15.6%。
イ)労働条件環境
図表2は従業員の労働条件環境項目に対する満足度調査結果です。正規従業員が不満に思っている割合の高い項目の順で見ますと、「賃金、収入」「仕事の量<1.2>」「能 力・実績に対する会社評価<1.5>」「労働時間、休日・休養<11.5>」「能力や知識を身につける機会<16.6>」となっています。非正規従業員が不満に思っている高い項目は「賃金、収入<-8.9>」「会社評価<6>」「能力知識を身に着ける機会<11.5>」です。他の項目は満足の割合が正規社員よりも高くなっています。

ウ) 無就業者が前職の仕事を辞めた理由
就業経験のある無就業者(有効回答数4,409人)が仕事を辞めた大きな割合を占めているのは、男性では「健康上の理由(38.1%)、「定年・雇用期間満了」が24.4%です(図表3)。健康上の理由を年齢別にみると男性は20代から50代まで一貫して高く(40代50.0%、50代57.1%など)、女性は40代(37.7%)で特に高まる傾向があります。(労働政策研究・研修機構調査)。

エ) 心の不調(以下、メンタル不調)の状況
厚生労働省「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、健康上の理由では、メンタル不調が高くなっています。メンタル不調が原因で連続1か月以上休業又は退職者のいる事業所割合は、2022年13.1%(2012年8.1%)と10年前と比べ上昇しています。休業、退職者の割合の高い事業者は「電気ガス水道業」「情報通信業」「金融保険業」「学術・技術等専門サービス業」です(図表4)。
図表4 心の不調により連続1ヵ月以上休業、または退職の労働者がいた事業所割合(%)

心の不調の程度調査(図表5)では「通院しながら生活(19.3%)」「通院しながらでも生活が困難(3.7%)」となっています。

(2)社会環境の変化と職場環境
「少子高齢化の労働環境」、「DX・AI・自動化等の仕事環境の変化」、「ワークライフバランスを考慮した柔軟な勤務形態」など働く環境が大きく変化しており職場環境も変化を考慮した検討が必要になっています。
ア) 物理的環境
事務所衛生基準及び労働安全衛生等規則に基づいて照明、温度、換気などが適切に管理され、疲労を回復できる休憩室等の設置などです。
イ) コミュニケーション環境
上司や同僚と立場に関係なく意見を述べ合う雰囲気と機会のある、ふれあいを感じる環境です。
ウ) 労働条件環境
経営陣、管理職は従業員の「心の健康」に留意し、過度なストレスを感じさせないように業務量や労働時間を設定している管理風土です。
エ) 人事制度環境
企業が従業員の成長・スキルアップを支援し、成果を公正に評価して処遇に反映できている制度環境です。
3.職場環境と健康経営の関連
(1)健康経営の意義
健康経営とは、「従業員の健康保持・増進の取り組みが、業績の保持・向上につながる投資」だとする経営手法です。経済産業省は2014年に東京証券取引所と「健康経営銘柄」選定制度をスタートさせ、2016年に日本健康会議が認定する「健康経営優良法人(注)」に対してロゴマークの使用許諾と顕彰制度を創設しました。健康経営認定法人であることで補助金申請時に加点等の措置、融資で優遇利率の適用もされています。従業員の健康と安全に注力する経営は、企業価値を高め、市場における競争力の優位性を保つことになっていると考えられ認定申請が増えています。
(注)<健康経営認定分類>ホワイト500:優良認定大規模法人(従業員1千人以上資本金1億円以上)の上位500社。ブライト500,1000:健康優良法人認定中小規模法人上位500社、1千社。<2025年認定件企業数>大規模法人3,400件、中小規模法人19,796件。
(2)健康経営の進め方
現状把握で得た基礎データにもとづき課題の絞り込みを行い、並行して体系図(図表6)にもとづき検討を進めます。
図表6 健康経営の実践にむけた体系図

ア) 経営理念・方針
経営理念に健康経営を取り入れ、健康経営に取組む姿勢を従業員、投資家、社内外の利害関係者に発信する。
イ) 組織体制作り
健康経営を実効的に展開するためには経営トップ、人事総務担当役員が推進責任者となり「方針展開できる専門部署の設置」、「専任、兼任の配置」、「専門資格取得の必要性」、「研修の必要性」などを検討します。
ウ) 制度施策
適法に入手した定期健康診断、ストレスチェック、長時間労働の状況、休職者状況等のデータは、施策を検討する際の基礎データになります(図表7)

エ) 施策評価
健康経営は、企業に労働者が「DX・AI・自動化等の仕事環境の変化」、「ワークライフバランスを考慮した柔軟な勤務形態」など社会環境の変化にたいして、生産性を落とさず働き続けられる施策を検討・実践することに力点をおいています。
a.現行施策
労働安全衛生法に基づく施策が中心になっています。
・事業規模に応じた安全管理体制の構築。
・労働災害防止のための措置(危険予知活動、危険・有害物の取扱・届出・表示義務)。
・安全衛生教育(原材料の危険性、有害性抑制装置、保護具の性能と取扱い方法)。
・労働者の健康管理(業務上発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関する施策)。
・3S(整理・整頓・清潔)の保持。
・事故時の応急措置及び退避に関すること。
b.施策に加わる視点
上述の社会環境の変化に伴い、メンタル(ストレス)チェックの結果分析をいかして、心の健康を保持増進できる職場環境づくりの活動が大切になります。図表8は健康経営の評価ポイントと評価指標の一例です。評価指標の調査方法は厚生労働省「健康投資管理会計ガイドライン」に例示されています。

オ) ストレスチェックの活用
常時50人以上の労働者を使用する事業場はストレスチェックの実施が義務づけられ、50人未満企業についても2025年5月以降3年間の猶予期間を設けられていますが、義務化されました。企業がストレスチェック結果にもとづき行ったことは、①残業時間減・休暇取得推進、②相談窓口・上司、同僚からの支援環境づくり③安全衛生委員会審議にデータを活用するなどです(図表9)。
図表9 ストレスチェック結果の集団ごとの分析状況及び結果の活用内容(複数回答、単位%)

(3)健康経営と経営指標との関連性
図表10は健康問題による生産性の損失割合を日本企業4社で働く労働者12,350人に対して実施した調査データによると、損失の割合は、A.(プレゼンティーイズム)が大きく、発症要因は筋・骨格系の問題、こころの不調、目が関連しているとあります(「健康経営を科学する」<大修館書店>)。

■あとがき
健康経営は「労働生産性の損失」を抑え、「業績の保持・向上」の可能性を探る経営手法です。経営指標と関連付けることは難しいですが、労働生産性の損失を把握することは可能と思われます。今後の課題は「DX・AI・自動化等の進展」、「ワークライフバランス重視」など、社会環境の変化に応じた職場環境(特にコミュニケーション、労働条件、人事制度)を健康経営手法でどう形にしていくかだと思います。
<<執筆者>>

砂村 栄三郎
中小企業診断士、第一種衛生管理者、(一社)東京都中小企業診断士協会会員。