皆様は最近、外国の難しいお名前に出会うことはありませんか?
先日、私は外国の方から、Ng、と書かれたお名刺を戴きました。
NG?、ン?、ング?・・・どうお読みするのか判らず困りました。
その方のお名前の読み方は、ン、でした(詳細は後述ご参照ください)。
コロナ禍後以降、インバウンドが増えています。今後も日本人や日本語になじみの薄いお名前の方々との出会いや交流の機会もさらに増えてゆくでしょう。
そこで今回は、訪日外客数上位の国・地域で多いお名前(姓)にはそれぞれどのようなものがあるかについてご紹介致します。これからの異文化交流での出会いの場などで、戸惑いをやわらげ、よりスムーズなコミュニケーションにつなげるご参考としていただきたいという企画です。
以下、国・地域別訪日外客数の多い順にご紹介して参ります(①)。
※ お名前は、姓(名字、ファミリーネーム、サーネーム)や名(ラストネーム)の組み合わせの場合が多いですが、本コラムではこの内、「姓(名字、ファミリーネーム)」について取り上げます。
※ 以下の文中表記はすべて日本語の漢字・ローマ字・カタカナを使用し、読み方は一般的に使用されているものを参考として記載しています。
韓国(2024年の国・地域別の訪日外客数第1位)
●韓国(2024年の国・地域別の訪日外客数第1位)
2024年の国・地域別の訪日外客数で第1位となったのは韓国でした。韓国は、姓の種類が少なく、さらにその中の特定の姓に使用が集中しています。姓は、一字姓が多く、一族の起源や歴史的経緯などに由来していることが多いです。
韓国で多い姓は、金(Kim. キム)、李(Lee/Yi. イ)、朴(Park. パク)、 崔(Choi. チェ)、 鄭(Jung/Jeong. チョン)の5つで、「五大姓」と呼ばれています。韓国統計庁の調査によるとこの5つで全人口の5割強を占めていますので、韓国の2人に1人は「五大姓」のいずれかということになります。中でも最も多い金は、全人口の2割を占めていますので、ほぼ5人に1人はキム姓ということになります(②)(③)(④)。
●中国(同2位)、台湾(同3位)、香港(同5位)
韓国の次に訪日外客数が多かったのは中国でした。次いで台湾、そして5位香港でした。
中国には約6千の姓があり、その中で多いのは200程です。漢字一字姓が多く、過去の王朝や皇帝、居住地、職業などの名前に由来する姓が多いです。2020年の多い姓のトップ5は不動の、王(Wang. ワン)、李(Li. リー)、張(Zhang. チャン)、劉(Liu. リウ)、陳(Chen. チェン)でした。これら5つは中国の「五大姓」と呼ばれ、全人口の約3割、約4億人に使用されています (④)(⑤)。
台湾は、最も多い姓は、陳(Chen. チェン)です。陳は中国福建省など南方に多い姓で、移民の歴史的経緯などがうかがえます。陳に続いて多いのは、林(Lin.リン)、黄(Huang, ホアン)、張(Zhang.チャン)、李(Li.リー)となっています(⑥ )。
香港は、最も多い姓は台湾と同じ漢字の、陳(Chan. チャン)となっています。続いて多いのは、林(Lam/Lin. ラム/リン)、黄(Wong. ウオン)、李(Lee/Li. リー)、王(Wang/Wong. ウオン)などです。なお、香港では一般に多くの人がイングリッシュネームも持っています(⑦)。
●タイ(同6位)
タイでは1913年に姓名法が制定されて全国民が姓を持つことになった際に一族の歴史、出身地や職業などに基づき、サンスクリット語・仏教古典語などに由来する語が含まれる姓が多数創設されました。他人との重複を避ける目的もあって、姓は一般に長く複雑で種類も非常に多く、同じ姓を持つ人の数は少ないです(④)。
姓が長いこともあり、名前や愛称が使われることも多いです。例えばタイ首相のペートンタン・シナワット氏の場合、シナワットが姓ですが、通常、「ペートンタン首相」と名前で呼ばれています。日本の石破茂総理に当てはめれば「茂総理」となります。ちなみに、シナワットはサンスクリット語のシナ(冨など)とワット(行いなど)に由来し、富・徳のある行いの者といった意味になるそうです。
●フィリピン(同8位)
フィリピンは、スペインによる植民地支配時代の1849年に姓の採用を命じる法律が出され、多数民族であるマレー系のフィリピン人を中心にスペイン風のキリスト教の聖人などにちなんだ姓がつけられて、今日まで引き継がれています。
そうした姓で多いのは、Garcia(ガルシア)、Santos(サントス(聖人の意味))、Reyes(レイエス(王様の意味))、Cruz(クルス(十字架の意味))、Mendoza(メンドーサ)、Lopez(ロペス)などとなっています(⑧)。この他に、タガログ語のフィリピン姓、中国姓及びそれらの混合の姓なども多数使用されています。
●ベトナム(同10位)
ベトナムは、地理的歴史的に中国の影響を強く受けており、人口の9割近くを占める多数民族であるキン族(越人)は漢字に由来した姓を用いています。姓の種類は少なく、さらにその中の特定の姓に集中しています。
ベトナムで多い姓は順に、Nguyen(グエン. 阮)、Tran(チャン. 陳)、Le(レー. 黎)、Pham)フアン. 范)、Hoang/Huynh (ホァン/フイン. 黄)となっており、これらを含む上位14の姓で全体の9割を占めるとされています。中でも最多のNguyen は約3割を占め、おおむね3人に1人がNguyen姓ということになります(⑨)。この内、上位3つのNguyen、Tran、Leはいずれも過去の王朝名に由来しています。姓の集中現象の背景には政権交替時の改姓など、歴史的経緯の影響を見てとれます 。
●シンガポール(同9位)
シンガポールは多民族国家で、中華系、マレー系、インド系などの民族の固有の多種類の姓があります。イングリッシュネームも持つ人も多いです。
人口の約4分の3を占める中華系民族に多い姓は、Tan(タン、陳)、Lim(リム、林)、Lee(リー、李)、Ng(ン、黄)などになっています (⑩)。この内、Ngは本コラムの冒頭で触れたものです。同じ黄という漢字でも、中国では一般的な表記や読み方はHuang、フアンになります。
●米国(同4位)、カナダ(同11位)、英国(同14位)
米国は、英国、欧州の様々な国からの移民の集合国家という歴史的民族的要因から姓の種類は派生形も含めると100万以上あるとみられています。
米国で多い姓は、上から順に、Smith、Johnson、Williams、Brown、Jones、Garcia、Millerとなっています(⑪ )。
カナダで多い姓は、Smith、Brown、Jones、Williams、Wilson、Johnson、Taylor、Macdonaldなどで(⑫ )、英国で多い姓は、Smith、Jones、Williams、Brown、Taylor、Davis、Wilson、Evansなどになっています(⑬ )。米国、カナダ、英国の3国で多い姓は、さすがに共通のものが多数見られます。
3国の姓の由来は職業、父称、愛称、地名、それらの混合などに大別され、数では地名に由来するものが最多と推測されています。3国共通の最多の姓であるSmith(鍛冶屋)は職業に由来する姓の代表例ですが、中世の英国、欧州で最も大切な職業のひとつで、移民と共に米国にもたらされました。Miller(製粉屋)、Taylor(仕立屋)も職業に由来する姓です。
JohnsonやJonesはジョンの息子を意味する父称に由来した姓です。キリスト教のヨハネに語源を持つジョンからは多数の姓が派生しています。WilliamsやWillson、Macdonaldも主に父称に由来する姓です。また、Brown(茶色い肌や髪)は主に身体的特徴等をとらえた愛称に由来しています(⑭)。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。お名前(姓)の背景にはそれぞれの方の様々な社会・歴史・文化などがあり、お名前からは相互理解のヒントが得られることが多々あります。本コラムではそのほんの一端のご紹介しか出来ておらず、また、当初の目的を達成出来たか自信がありませんが、皆様のご関心につながり、これからの異文化交流や国際業務に少しでも参考になる処があったならば幸いです。
【筆者紹介】
大島 京子(おおしま けいこ)
中小企業診断士、ファイナンシャルプランナー。東京都中小企業診断士協会城南支部国際部所属。東京外国語大学卒業後、総合商社に勤務、退職後独立。
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本コラム内に記載した情報は、各国・地域の公的・民間資料に基づき細心の注意を払って作成していますが、諸説がある場合や状況変化が生じている場合がありますので、ご利用にあたってはご留意ください。また、出来る限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性や安全性を保障するものではありません。情報が古くなっていることもございます。記事に掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
【参照文献・資料】
①「訪日外客統計 2025年1月推計値(2025年2月19日発表)」日本政府観光局
(左表・右グラフとも「日本政府観光局(JNTO)」訪日外客統計から筆者作成)
②「(各国・地域)基礎データ」外務省
③ “Complete Enumeration Results of the 2015 Population and Housing Census“ An official website of Statistics Korea to implement the e-government initiative of the Republic of Korea 2016-09-07
④ 「第三世界の姓名 人の名前と文化」松本脩作/アジア経済研究所 1994年3月30日 明石書店
⑤「全国姓名報告(2020年)」中国公安部戸政管理研究センター2021年2月8日
⑥ 「全国姓名統計分析」台湾内政部2023年10月30日
⑦「香港姓氏排名」百度知道 2024-06-15
⑧ “Filipino name database/Database with Filipino surnames and Filipino first names categorized by gender and frequency” Name Census
⑨“Toward an Onomastic Account of Vietnamese Surnames-Distribution of Vietnamese Family Names (Source:Viet Nam Social Sciences Publishing House 2022)” by Viet Khoa Nguyen February 2024 Researchgate
⑩“Singaporean name database” Name Census
⑪“Frequently Occurring Surnames from the 2010 Census“ United Status Census Bureau Page last revised – October 8, 2021
⑫“Canadian name database” Name Census
⑬“British name database” Name Census
⑭ 「英米人の姓名 続: 由来と史的背景」木村正史 鷹書房弓プレス1997年7年1日
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