各種報告
「おもてなし精神」と「地元愛」…山川副支部長に聞くコロナ時代に求められる診断士

 元気な中小企業を取材し、その魅力を記事として発信する、青年部の恒例企画「キラリ!輝く未来のカイシャ from SEINENBU」であるが、来たる城南博覧会(2020/11/14開催)に向けた特別編として、城南支部の幹部の方々を連載で紹介していく。
 今回は、地域支援部長・地域事業開発部長でもある、山川茂宏副支部長の素顔をお届けする。

■「和耕」事務所の名前に込められた思い

 山川副支部長(以下、副支部長)は三軒茶屋に自身のオフィス「和耕経営コンサルタント」を構えている。オフィス名は「環境、時代との調和の“和”」、「組織風土の教育などを耕すという意味の“耕”」からなる。そこには、環境に調和するためには組織を耕して成長させる風土をつくる、というメッセージが込められている。オフィス開設前から「和」の文字を入れることは決めており、当初は「和興」として事業を始めるも、「興」にはプロレスといった見世物関連のイメージが強かったため、自身の専門分野である食品のイメージにもマッチした「耕」に変更した経緯がある。
 副支部長の業務の大半は食品関連企業のコンサル業である。全国各地の工場視察、業務改善提案といった案件を受注し、年間の半分以上は地方へ出張している。
 診断士としての公的な業務は、世田谷区の制度融資相談や信用保証協会関連業務、東京都診断士協会からの依頼業務、実務補習指導員、地域事業開発部として創業セミナーの運営や小規模事業者活性化事業の運営と多岐にわたり、自身の業務の3分の1はこうした公的業務に対応している。


■独立のきっかけはサラリーマン時代に感じた“ある疑問”

 副支部長は大学卒業後、生協に約12年間勤務していた。入社当初はトラックでの配達業務を担当していたが、その後バイヤー、スーパーの店長、福祉・環境事業(リサイクル関係)、経理課長と様々な業務を経験する。現在は独立診断士として多種多様な依頼に対応する副支部長だが、そのためのスキルは生協勤務時代に身につけたものは少なく、独立後に様々な勉強会やセミナーに参加し、自己研鑽をし続け習得していったものがほとんどだという。生協でのバイヤー時代に多くの経営者や工場長と商談するなかで、「なぜこの会社は伸びないのだろう」と疑問に思うことが多くなったことが、経営の勉強をはじめたきっかけだ。副支部長には、単なる生協の従業員と一取引先の関係にはとどまらず、「なぜ?」という一歩踏み込んだ気付きがあったのだ。30歳を目前に控え日経ベンチャーなどの雑誌を読むようになり、「伸びる会社とは何なのか」を考えはじめるようになる。

 診断士の資格を取得した際、独立するかコンサル会社に転職するか迷っていたが、当時の診断士仲間と「経営創研」を創業したり、城南コンサル塾2期生の同期が独立したこともあり、自身も独立することを決めたという。独立すること不安は多少あったものの、仕事をしながら実力を高めるように実践してきた。「ある程度の恐怖心をもっていないと向上もできない」という副支部長の言葉が印象的である。

■思いが詰まったオフィス「気付かれなくてもいい…」おもてなしの精神

筆者が取材で来所するのに合わせ、オフィスにはウェルカムボードが設置されていた。さらに、筆者のために、副支部長自身が生けた花も飾られており歓迎ムードが演出されていた。実は今回の取材で筆者は使用しなかったが、トイレ前に別のウェルカムボードも設置されていた。「気付かれなくてもいいからやる。コンサルタントとしてはちょっとしたことに気付くこと、またそれにかかった時間・労力を推し量れることが大事」副支部長からのメッセージである。取材のためにわざわざ時間をいただいた身として大変恐縮してしまったのは想像に難くないだろう。

 さらに副支部長のオフィスの壁には、「箸よく盤水を回す」と書かれた額縁がかけられていた。
 小さな努力でも継続することで、やがて大きな力になる。初めはうまくいかないことも多いが、決して諦めてはいけない、という意味の名言である。独立前から副支部長が参加する経営者の集まりでイエローハット創業者、鍵山秀三郎氏に出会い、直接この言葉を受けたという。副支部長と鍵山氏はその後手紙でもやり取りするようになり、直筆のサイン入り色紙までもらえる仲になったという。独立後も常に自己研鑽を続ける副支部長の背景がここにある。

■溢れ出る地元愛

 副支部長は「地域支援部」と「地域事業開発部」を部長として所轄している。
 両部の違いは端的にいうと担当地域の違いであり、「地域支援部」は大田区を担当し「地域事業開発部」は渋谷区、目黒区を担当している。特に「地域事業開発部」は設立当初、新規事業の立ち上げをメインとしていたが、現在では創業セミナー等の開催・運営が業務の大半を占めている。現在、部員は募集していないが部員の業務量が増加し続けているため、今後サポーターを増やしていく予定だという。渋谷創業セミナー、実践めぐろ創業塾、小規模事業者活性化事業に興味のある城南支部会員はぜひ副支部長まで連絡してほしい。
 副支部長としては両部の活動状況把握、そして部長会での報告などを行っている。
 副支部長は世田谷区出身。地元としての世田谷愛をもっていたが、東京都内のいろいろな場所に住んだなかで世田谷区の魅力を再認識したという。世田谷区には山の手商店街とよばれる活性化した商店街や大きな公園があり緑も多く、魅力がたくさんある。世田谷区診断士協会の副会長も兼任していること、地元の商店街支援に尽力し、7年もの歳月をかけ地域の人たちと泣き笑いをともにしたことも、さらに世田谷愛を深める契機となった。
 オフィスを構える三軒茶屋は愛犬の散歩やマラソントレーニングに最適な駒沢公園や、行きつけの飲食店もあり、特にお気に入りの地域という。
 本取材の第二陣は副支部長行きつけのダイニングバー「糧」にて行われたことも付記しておく。落ち着きのある店内は花、装飾品といった細かな部分まで気配りがなされた贅沢な空間で、独自のルートで仕入れた有機野菜や肉、魚は素材のままでも十分に美味しいものばかりだった。なんと、副支部長は自身で開拓したルートで仕入れた食材を糧に納品し、しばしば自身主催の宴会を催している。

■コロナ時代の診断士に求められるスキルとは!?

 政権が交代し、今後国や自治体が実施する中小企業施策もダイナミックに変化していくことが予想される。これからの診断士に求められるスキルとして副支部長が一番にあげたのは「そのとき、そのときの依頼に対してきちんと成果を出していくこと」である。クライアントが何を求めているのか、目標、ゴールはどこにあるのかを徹底的に追求し、その要求にしっかりと応えていくことが大切だ。また、もう1つあげたスキルは、同じ失敗を繰り返さないことだった。そうすることで次の仕事の成果が高まるからだ。特に、独立したばかりの診断士は多少の失敗があっても構う必要はなく、むしろ早い段階で失敗したほうがいいという。

 さらに副支部長は、独立するためには、常に動き、種をまき続けることが大事と話す。
 コロナ禍の影響で先が見通せない現在、このタイミングでの独立に躊躇する診断士もいるかもしれない。「いつ、どんなときでも独立するチャンスと考えられない企業内の診断士は定年まで待ったほうがいい」これが副支部長の考えだ。むしろ、いつ独立するかを考えるよりも、独立して何をするのかを考えることが重要である。また、成功の種は「これから」ではなく、「これまで」に埋まっている。一朝一夕にうまくいくことはなく、常に動き続け、種をまき続けることが重要。自分が「好きなこと、できること、褒められたこと」、この3つが一致すれば独立しても成功し、それをよく考えることが大切だと副支部長は話す。

 副支部長自身には目標が2つあるという。
 1つは、診断士の社会的地位を上げるために注力すること。もう1つは未来に活躍する診断士を1人でも多く、自分の周辺から排出するための行動を日々取ることである。各診断士が期待される以上の成果を出すための仕組みを作り上げることが副支部長の支部での使命だという。ここにも自身の損得を抜きにした副支部長のおもてなし精神が溢れていた。

 最後に城南支部会員、また、これから入会を検討している新人診断士に向けてのメッセージを伺った。ここはあえて副支部長自身の言葉をそのまま引用したい。
 「ついて来る世代(新人、後輩)に恥じないように
 届かない世代(亡くなった多くの先輩)に恥じないように
 山川は診断士業をやめるまで全力で走っていくので、会員、新人のみなさまは
 それぞれ自分が楽しいと思う診断士活動を見つけていただければと思います。
 なんか、悩みがあったら、なんでもいつでも相談ください。」

【取材場所】
①和耕経営コンサルタント
世田谷区上馬1-15-10—601 オリエント三軒茶屋ハウス
②糧(かて)
世田谷区三軒茶屋1-41-15 ドエルタクB1F

【筆者紹介】

清野 洋司(せいのようじ)
北海道出身
2006年 明治大学卒業
 ロックスターを目指しフリーター生活
2014年 専門書出版社に勤務(現職)
2019年 診断士登録 現在企業内診断士

20/10/23 18:00 | 投稿者:羽田巧

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