経営お役立ちコラム
海外進出のための企業買収の留意点~インドネシア企業の買収を事例に

中小企業が最も迅速に海外に進出する方法として、同業種の撤退希望企業を土地、建物、設備、主要スタッフを引継ぎ、買収代金を一括で支払う『居抜き』で買収するという方法があります。いち早く海外進出をした部品供給先の企業から、一日も早く現地での供給をするようにと依頼された場合等がそのケースに該当します。

今回は、海外企業の居抜き買収のメリットとそのリスクについてインドネシア進出の事例をもとにご紹介します。『居抜き』買収は、リスクの事前チェック等、中小企業診断士をはじめとする専門家との十分な事前打ち合わせが必要です。

■「居抜き買収」のメリットとリスク
<メリット>
・供給先企業の要請に速やかに対応。
・土地/建物の価格設定を変えることで不動産取得税を節税。
・幹部社員はじめ現地人社員をそのまま採用することで迅速に操業開始。
・設備の償却期間を再設定することで操業当初の収益を調整。
・ISO等の既取得企業であれば品質の対外保証が容易。

<デメリット>
・使用設備メーカーの違いにより品質に精度の違いが発生。
・親貴社のものづくり文化の違いにより品質に差異。現地社員再教育の必要も。
・設備寿命の把握が不十分で予定外の修繕費用発生。前倒し償却の可能性。
・現地社員の現場把握が不十分で不正発生の温床。
・日本からの派遣社員の事前研修が不十分でコミュニケーションに問題発生。
 

<具体例>

居抜きの買収
部品供給先の大企業に乞われてインドネシアに進出したプラスチック成型品製造業A社は、立上期間を短縮すべく労働問題等で撤退を決めた同業他社を、土地、工場、地元採用の邦人工場長など主要ローカルスタッフを含め居抜き価格で買収した。さらに、土地建物取引税を節約するため実際価格230万ドル超の土地建物価格を大幅減額、25年使用した償却済射出成型機につき、現在価格を過大に見積もり設立登記した。

射出成型機の不具合
供給先は当然ながら本邦の親会社と同品質を要求してきたが、製造開始直後から不具合が続いた。製品が顧客の要求寸法とわずかに一致せず、不良品が大量に発生した。社内の品質改善会議では、成型機の機種が日本と全く違うこと、使用成型機はすでに老朽化し、製品が設定した規格通りにできないことが指摘された。また、交換部品の一部はすでに廃盤となっており、取り換え不可能と分かった。結果的に8年かけて入替予定の成型機は、本社で利用しているメーカーの機種に前倒しで購入するしかなかった。成型機は付属機械を加えると1台2千万円、大幅な除却損を出すことになった。

ものづくり文化の違い
目論見違いはものづくりにもあった。一般の従業員を新規採用したものの幹部は居抜き前から継続雇用していたため、成型作業は段取りの小幅変更で十分と考えたが、成型機の条件設定入力の不具合が多発した。成型機にも個性があり、1000分の1ミリ単位での精度で日本品質を実現するためには、成型機の癖を知り、入力値を精緻に調整しなければならなかったのだ。試行錯誤は延々と続いた。
検査工程でも問題が生じた。不良品を含む廃棄品は、親会社のほぼ100倍に上った。本社の指示でISOマニュアルは全て日本と同じものを作成することになったため、全ISO工程マニュアルを、本社から派遣されたインドネシア語の分かる社長と、経理担当役員2名で翻訳した。しかし、技術を担当する日本からの派遣邦人は、インドネシア語はおろか英語もままならず、マニュアルを使って現場の従業員に技術を教えることができず、見よう見真似で要所は絵を描いて伝えるなど、2年がかりの試行錯誤が続いた。

邦人工場長の不正取引
工場長には工場修理を含む工場経営を一任していた。工場の補修工事の際には、現地会社に工事を委託していたが、修理内容が会社の要求を満たしていないのに、業者からの請求額は高額にのぼっている案件があることが判明した。また、経理の伝票をあたったところ、社長の承認なしで多くの工事を工場長が旧知の工事業者に発注されていたことも発覚した。工場長は従業員の信頼を得ており、工場経営を即刻全面的に任せることができるということが『居抜き買収』の大前提の一つであっただけに、本来であれば即刻工場長を解雇すべきところ、工場の操業が止まってしまうのではとの危惧から不正取引の指摘はそのままに。結局、不正発覚から1年あまり解雇を躊躇し、病気を理由に工場長本人が退職するまで、野放しの状態となった。

 

<まとめ>

結局、日本と同レベルの品質を実現するまでに5年がかりとなり、更地に工場を新設する場合と同程度以上の時間と費用がかかってしまった。
このように、『居抜き買収』には様々なメリットもあるが、予期せぬリスクを含んでいる。専門家のアドバイスを参考にリスクを最小限に収めることが重要だ。特に従業員の継続採用には細心の注意が必要である。

さて、A社は昨年創業から10周年を迎え、コロナ下にもかかわらず、本社の最終利益を上回る業績を達成した。日本から最も優秀な工場責任者をインドネシアに迎え日本と同品質のものづくりに集中し、従業員が新しい企業文化を身につけたことが業績向上の要因と思われる。
創業当初から始めた屋外での朝のラジオ体操は社員にも評判で、A社が属している工業団地で今も唯一A社だけが続けている。

 


 

 

 

 

 

金子啓達(かねこひろみち)

2004年3月中小企業診断士資格取得。城南支部所属。
北海道生まれ。三井住友銀行に26年勤務。主に海外での投資銀行業務に従事した。その後10年間GSユアサコーポレーションでイギリス現法役員、インドネシア現法社長を歴任。2014年から新生化学工業インドネシア現法社長、本社取締役経営企画部長を経て、2021年7月に中小企業診断士として独立。インドネシアを中心とする海外進出企業支援、財務、経理支援を行う。

22/02/28 21:00 | カテゴリー:, ,  | 投稿者:広報部 コラム 担当

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