経営お役立ちコラム
人的資本経営への転換(第3回)

第2回では、人づくり(人財開発)についてお話をしました。人づくりは、一朝一夕にできるものではありません。したがって、経営者は、社員の失敗に対してダメ出しをするのではなく、社員を信頼して見守るスタンス、心の余裕(懐の深さ)が必要です。失敗が許される心理的安全性(注)を担保した組織をつくることも経営者の役割の一つです。

組織づくり(組織開発)の目標は、多様な価値観を持ち経験や能力の違いがある社員を受け入れて、社員一人ひとりの可能性を最大化することです。たとえて言えば、ラクビ―日本代表のような「ワンチーム」になることです。

キャリア自律の話をすると、社員が目覚めて転職してしまうのではないかと心配する経営者がいます。そこには、社員を組織に囲い込み、コントロールしようとする意識が根底にあると思います。このような意識を、社員と組織は対等な相互依存の関係(ヨコの関係)に捉え直さないと人的資本経営を実践することはできません。社員が「この会社で働き続けたい」と思える会社にすることも組織づくり(組織開発)の目標です。

第3回では、人的資本経営を実践するために必要な組織づくり(組織開発)について、具体的な方法をお話します。

 

(注)心理的安全性とは、職場の中で、自分の考えや気持ちを言っても、だれも拒絶したり、罰したりしないと確信している状態のことです。このような職場では、生産性や従業員エンゲージメント(自発的貢献意欲)は高くなりますので、心理的安全性は、組織づくり(組織開発)のバロメーターと言えます。

 

(1)組織づくり(組織開発)の一丁目一番地

組織づくり(組織開発)の一丁目一番地は、経営理念の共有化(理念浸透)です。

経営理念とは、経営者の哲学や信念に基づき、組織がどの方向に向かっていくのか(ビジョン)、組織の存在意義や使命(ミッション)を明確にし、何を大切に行動すべきなのか(バリュー)を明文化したものです。

人的資本経営は、理念経営とも言えます。この理念とは、経営がどうあるべきかについての根本的な考え(判断基準)ですので、これがなければ、社員は、どこへ向かって進めば良いのかが分からず、迷子になってしまいます。

第2回で、会社が求める人財像についてお話ししましたが、人財像は経営理念に依拠します。経営理念に基づいた人財像でなければ意味がありません。組織と社員は、お互いに、組織力と人財力を高め合う関係を構築することで人的資本の最大化(人の潜在能力の最大化)を図ります。これが、人的資本経営の神髄です。

 

経営理念を額に入れて社長室に飾っていても意味がありません。組織全体で共有化して、社員一人ひとりが共感、共鳴をしている状態(理念浸透)を構築しなければなりません。この構築していくプロセスが、組織づくり(組織開発)になります。

では、どのようにしたら社員が経営理念に共感、共鳴するのでしょうか。社員の働く目的や大切にしてる価値観、もっと突き詰めて言えば、社員のパーパス(存在意義)が、経営理念とマッチする時です。

この状態では、経営理念を自分事として捉えることができていますので、自分の仕事に対する意義や目的が深まり、自律・自走・自責型の社員に成長していきます。その結果として、従業員エンゲージメントは向上します。

 

(2)組織づくり(組織開発)の方法

組織づくり(組織開発)の方法には、診断型と対話型があります。

診断型は、従業員満足度調査や従業員エンゲージメントサーベイなどの診断ツールを活用して組織診断をします。診断によって、組織がどのような状態なのか、現在地の背景が可視化できる効果があります。その診断結果を基に、診断型は、組織の問題の仮説を立てて検証をしていく組織づくり(組織開発)です。

診断結果を重視しますので、ある面では論理的かつ合理的ですが、変革をやらされる側とやらす側に分断してしまう可能性があります。やらされる側にたつ社員は、心理的な抵抗を感じますので、診断結果をどう活用するか細心の配慮が必要です。

一方、対話型は、対話を通して自分たちが主体的に変革を作っていくことを促す組織づくり(組織開発)です。お互いの思いや経験を語り合うので、気づきや感情の変化が得られます。対話を通して、ありたい姿や思いを一つにしていくことで、変革に対する覚悟や腹落ちをしますので(内発的動機づけ)、変革が継続して期待する効果が出やすいです。

理念浸透で対話型の具体的な方法として、ある会社の事例を紹介します。

社長自らが機会あるごとに経営理念に対する思いを熱く語り、社内SNSでも情報発信をします。その後、社長が社員を5人ずつ集めて、約半年をかけて全社員(約400名)と経営理念について車座で対話をしました。社長は、問いかけるだけで聞き役に徹しました。

社長からは、『従業員がどんな気持ちや考え方で日々仕事をしているのか』が分かった。社員からは、『社長は何となく怖い存在でしたが、気さくで話しやすいイメージに変わった、社長の思いを直接聞けて良かった』という感想を得られました。

この対話は、社長と社員の心理的、物理的な距離感が縮まり、その後の組織づくり(組織開発)に弾みをつけるきっかけとなりました。

 


第1回:人的資本経営への転換(第1回)

第2回:人的資本経営への転換(第2回)


<<執筆者>>

長田 邦博(おさだ くにひろ)

1994年 診断士登録。大学卒業後、大手食品メーカに入社。営業、商品企画、経営企画、商品開発、人事、経理、監査の業務に従事し、同子会社に出向し経営にも携わる。

定年退職後は、組織人事戦略コンサルタントとして独立し、グロナビを設立する。

https://gronavi.net/

著書: もし、アドラーが「しゅうかつ」したら (2021年 幻冬舎)

https://www.amazon.co.jp/dp/4344933192/

21/10/31 21:00 | カテゴリー:,  | 投稿者:広報部 コラム 担当

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