経営お役立ちコラム
人的資本経営への転換(第1回)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、我々の日常生活のみならず産業界にも多大な影響を及ぼし、人も組織(企業)も変革することを余儀なくされました。

本コラムでは、経営者としてアフターコロナを見据えて、VUCA(Volatile:不安定な、Uncertain :不確実な、Complex:複雑な、Ambiguous:曖昧な)の時代に、どのような方向に経営の舵を切っていくべきなのでしょうか。

(1)人的資本経営への転換

結論を先に述べれば、人的資本経営に大きく舵を切ることだと考えています。

人的資本経営とは、人的資本(人の持つ能力やスキル)へ投資をして、そのリターンとして企業価値の最大化を図る経営と言えます。具体的には、人材戦略と経営戦略を連動させて、人材を人財に転換するしくみを構築して中長期的な企業価値の向上を図ります。

売上、利益を第一優先する経営には限界があります。今こそ、「経営は人である」という原点に立ち戻るべきだと思います。

この背景には、ESG 投資(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンスを考慮する投資)やSDGs(持続可能な開発目標:目標8 働きがいも経済成長も)の流れがあります。

投資家からは、中長期の投資判断の材料として、非財務諸表、特に人材の指標を設定して開示すべきだという圧力が高まっています。

2018年にISO(国際標準化機構)は、人的資本レポーティングに関する指標のガイドライン(ISO 30414)を提示しました。HRマネジメントの11の領域における58の測定項目を定量化・データ化してレポートすることを求めています。

さらに2020年11月には、米SEC(証券取引委員会)も人的資本レポートの開示を義務化しました。

 

 

人材の指標として、私が注目しているのは、従業員エンゲージメント(従業員の自発的貢献意欲)を高めることです。従業員エンゲージメントは、下表の5企業文化(組織文化)の指標に該当します。

人的資本経営は、従業員エンゲージメント向上の経営と言い換えることもできます。さらに、突き詰めると従業員のWell-being向上を目指す経営(従業員を幸福にする経営)とも言えます。

例えば、トヨタは、トヨタフィロソフイーの中でミッションを「幸せを量産する」と定義しています(2021年3月期 中間決算説明会での豊田章男社長のスピーチ)。

 

 

(2)人づくり(人財開発)

人的資本経営を遂行するためには、人という経営資源を「人材」から「人財」に捉え直しをしなければなりません。

材は、材料の材であり、材料として消費されるものです。あの人は、使えない人、使える人と無意識に言っていないでしょうか。

財は、財産の財であり、宝であり価値を生み出す元手です。人は、経営資源の一要素ではなく、企業が投資をする対象(ヒューマンキャピタル)になります。

人も「人材」から「人財」へと行動変容(キャリア自律)をしなければなりません。人材は、上からの指示待ちで動く人ですが、人財は、自律、自走、自責で動く人です。

人財には、自分のキャリアは、自分で切り拓いていくと意識があります。これを、キャリア自律と呼びます。一方、キャリアは、会社が作るもの、与えてくれるものと考えるのが人材です。

従業員エンゲージメント向上のためには、社員一人ひとりがキャリア自律をしていることが前提になります。

(注)人材と人財の表記の違いについて

人材は、一般的に使用されている言葉ですが、人という経営資源をどう意識して捉えるかかという意味合いで、これを意識する時は、本コラムでは、財と材を対照的に使い分けて表記しています。

 

(3)組織づくり(組織開発)

組織づくりの肝は、従業員エンゲージメントを高めるための仕組みづくりを組織の中に

埋め込んで、組織の活性化や組織文化(風土)の変革を推進することです。

慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本修特任教授とモチベーションエンジニア研究所の共同で行った「エンゲージメントと企業業績」に関する研究(2018年9月18日)では、従業員エンゲージメント向上のもたらす効果について、以下のように実証しています。

①労働生産性向上
・ES(エンゲージメントスコア)1ポイントの上昇につき、労働生産性(指数)が0.035上昇する。②業績向上
・ES 1ポイントの上昇につき、当期の営業利益率が0.35%上昇する。
・ES 1ポイントの上昇につき、翌四半期の営業利益率が0.38%上昇する。

同研究以外でも、米国ギャラップ社によるとエンゲージメントの高い組織の方が離職率は低いという結果が出ています。

経営者の方からは、「売上や利益の結果を追求することが先ではないか」という意見が聞こえてきそうですが、持続的な成長を実現するためには、従業員エンゲージメントを向上することの方が、遠回りのようで近道だと思います。

本コラムは3回シリーズでお届けします。第2回は、人づくり(人財開発)の方法、第3回が組織づくり(組織開発)の具体的な方法をお話しします。

 


<<執筆者>>

 

 

 

 

 

長田 邦博(おさだ くにひろ)

1994年 診断士登録。大学卒業後、大手食品メーカに入社。営業、商品企画、経営企画、商品開発、人事、経理、監査の業務に従事し、同子会社に出向し経営にも携わる。

定年退職後は、組織人事戦略コンサルタントとして独立し、グロナビを設立する。

https://gronavi.net/

著書: もし、アドラーが「しゅうかつ」したら (2021年 幻冬舎)

https://www.amazon.co.jp/dp/4344933192/

21/08/31 21:00 | カテゴリー:,  | 投稿者:広報部 コラム 担当

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