経営お役立ちコラム
「これだけは知っておきたい ジョブ型雇用5つの基本」 ~「人ありき」から「ポストありき」への大転換~

1.はじめに                                  
「勤務地・職務、全社員に明示求める 厚労省、ジョブ型促す 柔軟な人事とどう両立」
日本経済新聞2022年8月31日付朝刊のトップ記事の見出しだ。特定の仕事で働く「ジョブ型雇用」の広がりを受け、企業から全従業員に、将来の勤務地や仕事の内容を明示させる仕組みを検討するようだ。中小企業経営者にとって注目すべき点は2つ。1つは、この制度は規模を問わずすべての企業を対象とする見込みだということ。もう1つは、いわゆる「メンバーシップ型雇用」(※)から「ジョブ型雇用」への転換を経済成長の必要条件とする論調が強まっていることだ。
1つ目の注目点を受けて、中小企業経営者としては、経営面と実務面の両面で何らかの対応が必要となる。これについては制度の全体像が見えた時点で明らかになってくるだろう。
本コラムでは、2つ目の注目点を受けて、中小企業経営者として最低限知っておきたい「ジョブ型雇用」の5つの基本を紹介する。

2.「ジョブ型雇用」の基本
日本で「ジョブ型雇用」と言われている、欧米で主流の人事制度の基本は次の5つだ。
(1)経営戦略に合わせて組織が設計される
(2)組織を設計する際にはまずポスト数が決められる
(3)各ポストの重要性と世間相場から報酬額の範囲が決められる
(4)各ポストに合わせて人を任用・採用する
(5)任用したポストは会社の都合で勝手に変えられない
以下、その5つの基本について順に解説する。

3.(基本その1)経営戦略に合わせて組織が設計される
「組織は戦略に従う」という言葉は、米国の経営史学者A・チャンドラーが言い始めたものだと言われている。「ジョブ型雇用」では、組織構造は戦略を遂行するための手段として設計される。わが国では、特に大企業において毎年のように組織再編が行われる。戦略が変わったのではなく処遇のためという色彩が強い。「戦略は組織に従う」に「組織は人材に従う」を組み合わせた「戦略は人材に従う」も間違いではないが、スタート時点から「ジョブ型雇用」とは異質だ。

4.(基本その2)組織を設計する際にはまずポスト数が決められる
組織設計に際しては、まず、担当者レベルに至るまでポスト数が決められる。「こいつは課長としての処遇をしてやりたいから一つ課を作ってやろう」という発想はない。ましてや、課員を持たないスタッフ課長などありえない。課長ポスト並みに重要性の高い専門家ポストを設置して、課長ポスト並みの報酬とすることはありえるが、その場合もポスト名は「課長」とはならない。

5.(基本その3)各ポストの重要性と世間相場から報酬額の範囲を定める
設計した組織の一つ一つのポストを戦略上の重要性で評価する。これが「職務評価」だ。これによってすべてのポストが「職務グレード」にランク付けされる。評価を行うためには基本的にすべてのポストに「職務記述書」を作成する必要がある。ただ「ジョブ型雇用」の欠点とされているように詳細かつ網羅的に記述されることはない。果たすべきミッションと責任範囲が記されていることが多い。「職務グレード」の高いポストになると非常に抽象的だ。社長の職務記述書を想像して欲しい。担当者レベルではより具体的に書かれるが網羅的とは言い難い。筆者が実際に見た欧米企業の人事採用スタッフの職務記述書でも、「上長から任されたその他の採用関連業務」などと平気で書いてある。
「職務グレード」に世間相場を加味して報酬額の範囲が決定される。高度IT系人材に高額報酬が払われるのは、戦略上の重要性が高いこともあるが、IT人材の需給がタイトなためポストの相場が高騰している要因も大きい。実は報酬額の範囲は狭い。「ジョブ型雇用」は成果主義と誤解されることが多いが、よほどの上位ポストでない限り、業績に応じた賞与は年間1~2か月分程度で、定期昇給もわずかですぐに上限に達してしまう。

6.(基本その4)各ポストに合わせて人を任用・採用する
ポストに求められるミッションや責任を十分に果たすことのできる人材を任用する。社内で調達できない場合は外部から採用する。日本よりも欧米における若年層の失業率が高い理由の一つはここにある。企業から見れば、ポテンシャルは高いかも知れないが海のものとも山の者ともわからない新卒者を採用するよりも、実績が実証されている経験者が欲しいのは当然だ。

7.(基本その5)任用したポストは会社の都合で勝手に変えられない
人材をあるポストに任用したからには、会社都合で勝手に変えることはできない。ポストを変える場合は雇用契約を変更する必要がある。会社に人事権がないということだ。これが日本における「ジョブ型雇用」導入の最大関門という意見が多い。わが国の中小企業においては、基本1から4は、意図してというより、やむを得ずそのような慣行になっていることもあるかもしれないが、基本5は難しい。
ちなみに、日本の解雇規制が企業にとって厳しすぎるという声を聞くが、それは企業が人事権を握っていることの裏返しだと理解すべきだ。従業員にどこでどんな仕事でもさせられるのに解雇が簡単というのは勝手すぎる。企業経営者は、解雇規制の緩和を訴えたいのであれば人事権も失う覚悟を持たなければフェアでないと認識すべきだ。

8.終わりに
ここまで読んでいただいた方の多くは、冒頭新聞記事の勤務地・職務の明示義務が「ジョブ型雇用」を促すことになるのか疑問をもたれたと拝察する。もっともの疑問だと思う。上記5つの基本に照らすと、「基本その5」にわずかに掛かる程度に留まるからだ。企業が「ジョブ型雇用」に移行するということは、「人ありき」から「ポストありき」へと、組織と人に関する考え方を大転換することだ。働く側のキャリア観、さらには、教育や住宅などの社会政策を変革する必要もあると言われている。政府も今後さまざまな政策・制度設計を重ねてくるはずだ。僭越かつ老婆心ながら、中小企業経営者各位におかれては、メディアに踊らされて拙速に「名ばかりジョブ型雇用」を導入して、戦略との不整合を起こしたり自社の強みを損なったりすることのないよう、ご注意いただきたいと願う。


※メンバーシップ型雇用
職務(=ジョブまたはポスト)を特定せず、組織の成員(=メンバー)として雇用する形態の雇用契約、および、それに付随する各種人事システムのこと。ここから、終身的雇用慣行、年功序列的賃金制度、企業別組合といった日本的雇用システムの特徴が派生したと考えられている。


<<執筆者>>

 

 

 

 

髙木 久志

2020年中小企業診断士登録 社会保険労務士 ランニングアドバイザー
サイドバイサイド経営コンサルティング合同会社 代表
人と会社の「志」を実現するために伴走する人事・経営コンサルタント
大手製造業と外資環境サービス業にて、営業・事業、人事・労務、マネジメント、各種制度設計を経験。
現在は、製造業とサービス業を中心に、人事制度構築・改定、リーダー育成、事業再編、創業起業などの分野で伴走型支援を行っている。

22/09/30 21:00 | カテゴリー:, , ,  | 投稿者:広報部 コラム 担当

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