■はじめに
先進国の中で最も速く高齢化が進んでいる日本では、認知症を発症する高齢者が増加しています。厚生労働省の推計によると2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると考えられており(※1)、その可能性は社長においても例外ではありません。そこで社長が認知症を発症した際のリスクと備えについて考えていきます。
■社長が認知症になった場合のリスク
認知症とは、一度正常に発達した認知機能が、さまざまな脳の病気によって徐々に衰え、記憶や判断力などの認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態のことをいいます(※2)。
医師から認知症と診断されると、その患者には「意思能力が無い」あるいは「意思能力が弱い」ということを意味します。法律上、意思能力の無い人が行う法律行為は、「無効」(民法第3条の2)となることから、認知症の人が行った契約や売買、贈与などは無効となります。とりわけ社長が認知症になった場合、株主としての権利行使ができなくなる、新たな契約行為ができなくなる、或いは金融機関からの借り入れができなくなり資金繰りが悪化するといったリスクが想定されます。
■社長の認知症に対して備えるべきこと
社長が認知症になった場合でも、会社への支障を最小限にするための備えとして、以下の3つの方法が挙げられます。
1)家族信託
家族信託とは、信頼できる家族や親戚、友人などに財産の管理や処分を任せる仕組みのことです。例えば、長男を受託者に指定しておくことで、委託者である社長が認知症になったときなどに、社長が所有している自社株式の議決権行使を受託者である長男に任せることができます。万が一の場合にも受託者が社長の代わりに会社経営を行うことができる点が家族信託のメリットです。
2)任意後見制度
社長自身が認知症になる前に自分の後見人を決めておく制度です。任意後見人は事前の取り決めに従って契約できるため、家族信託よりも幅広い権限を持たせることができます。任意後見制度を契約している社長が認知症により会社経営に支障をきたすようになった場合、まず家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。任意後見人は意思能力の低下した社長に代わって財産管理や契約などを行い、任意後見監督人が任意後見人の活動を逐一確認することになります。任意後見監督人は弁護士などの専門職が就くことが一般的です。一方、任意後見人は、親族や知人を指定することが一般的です。
3)属人的株式
属人的株式とは、定款で株主ごとに議決権や配当、残余財産の分配に関する内容について、異なる取り扱いができるように定めた株式のことを指します。あらかじめ後継者が属人的株式を持っておくことで、社長が「意思能力が無い」と判断された場合であっても株主総会を開催することができ、会社経営を遂行することが可能となります。
■認知症のリスクに備えて
社長が認知症になった場合でも事業を継続し、あらゆるリスクを回避するためには、社長の意思がはっきりしているうちに事業承継の準備を始めることが有効です。
日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.14歳ですが(※3)、心身共に健康で自立した状態で生活できる年齢を示す「健康寿命」は、男性が72.68年、女性が75.38年です(※4)。健康寿命を考慮して引退年齢を70 歳前後とすると、概ね60歳頃には事業承継に向けた準備に着手することが望ましいと考えられます。認知症のリスクは誰にでもあることを踏まえ、早めの準備で安心を手に入れることをお勧めします。
<参考文献>
(※1) 厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業.日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究.平成26年度総括・分担研究報告書.日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究班;2015
(※2) 認知症疾患診療ガイドライン2017 – 日本神経学会
(※3) 厚生労働省「令和5年簡易生命表」(令和6年7月26日)
(※4) 厚生労働省「健康寿命の令和元年値について」(令和3年12月20日)