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それでは、この時代における日本の経済的環境は如何なる状態にあったであろうか。
中小企業白書(平成10年版)によれば、1955年(昭和30年)〜1972年(昭和47年)を日本の高度成長期と称している。昭和50年から60年にかけて日本の経済活動は戦前の水準に回復し中小企業の生産活動も活発になった。しかし、大企業と中小企業との生産性の格差が論ぜられ、中小企業の組織化と設備投資の積極化が進められた。下記に昭和59年前後の日本経済並びに日本人の生活レベルを示す。
●名目国内総生産(ドル換算)
| 暦 年 |
日本 |
アメリカ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
| 1970年 |
203,736 |
1,039,700 |
122,599 |
184,509 |
- |
| 1975年 |
499,072 |
1,635,200 |
233,324 |
417,796 |
- |
| 1980年 |
1,067,934 |
2,795,600 |
534,217 |
809,777 |
- |
| 1985年 |
1,362,909 |
4,213,000 |
459,116 |
620,287 |
536,642 |
| 1990年 |
2,996,221 |
5,803,200 |
989,758 |
1,503593 |
1,219,066 |
| 1995年 |
5,144,098 |
7,400,500 |
1,124,543 |
2,355,188 |
1,554,545 |
注:資料は世界経済白書(平成11年版)より抜粋、
ドル換算はイギリス、日本以外はIMF(International Financial Statistics)の平均レートを使用
●1人当たり国内総生産(GDP)(ドル換算)
| 暦 年 |
日本 |
アメリカ |
イギリス |
ドイツ |
フランス |
| 1970年 |
1,967 |
4,861 |
2,204 |
3,039 |
- |
| 1975年 |
4,475 |
7,019 |
4,150 |
6,757 |
- |
| 1980年 |
9,146 |
11,403 |
9,484 |
13,159 |
- |
| 1985年 |
11,282 |
16,638 |
8,099 |
10,174 |
- |
| 1990年 |
24,273 |
22,193 |
17,195 |
18,946 |
21,489 |
| 1995年 |
41,075 |
27,069 |
19,188 |
28,841 |
26,738 |
注:資料は上表の資料と出所は同じ、下記の円レートによって1人当たり国内総生産は相当影響を受けることが分かる。
●為替レート(対米ドル)1ドル=
| 暦 年 |
日本(円) |
イギリス(ポンド) |
ドイツ(マルク) |
フランス(フラン) |
| 1970年 |
360.0 |
2.396 |
3.66 |
5.529 |
| 1975年 |
296.8 |
2.220 |
2.46 |
4.288 |
| 1980年 |
226.7 |
2.328 |
1.81 |
4.226 |
| 1985年 |
238.5 |
1.298 |
2.94 |
8.985 |
| 1990年 |
144.8 |
1.786 |
1.61 |
5.445 |
| 1995年 |
94.1 |
1.578 |
1.433 |
4.992 |
注:資料の出所は上表と同じ 年平均レート
日本社会の生活レベルはどのような状態であったのか。
全世帯のエンゲル係数は次の通りである。
●年度別全世帯のエンゲル係数
| 1975(昭和50年) |
32.0% |
| 1980(昭和55年) |
29.0% |
| 1985(昭和60年) |
27.0% |
| 1990(平成2年) |
25.3% |
| 1995(平成7年) |
23.7% |
| 1998(平成10年) |
23.8% |
総務庁家計調査(日本経済新聞平成11年2月25日)によるエンゲル係数=1世帯当たりの消費支出全体に占める食費の割合
●製造業の諸格差の推移(大企業=100とする) 単位:%
|
賃金格差 |
資本装備率格差 |
付加価値生産性格差 |
| 1965(昭和40年) |
62.5 |
35.5 |
52.0 |
| 1970(昭和45年) |
63.0 |
42.0 |
50.0 |
| 1975(昭和50年) |
59.5 |
44.0 |
55.0 |
| 1980(昭和55年) |
58.0 |
42.5 |
47.5 |
| 1985(昭和60年) |
62.0 |
44.5 |
48.0 |
| 1990(平成2年) |
63.0 |
48.0 |
47.0 |
| 1995(平成7年) |
64.0 |
54.5 |
49.0 |
資料:中小企業白書平成10年版(鉱業統計表)より抜粋
1.賃金格差、付加価値生産性格差においては従業者1人以上299人以下を中小企業、300人以上を大企業とした。
2.資本装備率格差においては従業者10人以上299人以下を中小企業、300人以上を大企業とした。
上記の数値はあくまでも日本の平均値であり、日本人の個々の人や個々の企業において平均値以上の人や企業もおり、平均値以下のものも存在しているのが現実である。為政者は平均値を見て政策を決めるか、平均値以下のことを考えて政策を決めるかによって政治の政策は違ってくる。
昭和59年前後を考えれば、上表からは1985年(昭和60年)前後が妥当と思われる。その当時の中小企業白書は表題・目標をどこに置いていたのであろうか。
・ 1983年(昭和58年)―――新しい流れを拓く中小企業の活力
・ 1984年(昭和59年)―――変革の時代に挑む中小企業の課題―技術・情報・人材―
・ 1985年(昭和60年)―――新たな国際化時代を生き抜く中小企業の活力
中小企業の活力、そのための技術、情報、人材の育成等中小企業の育成指導を考えており、来るべき国際化に対して準備を進めたい考えがあるように思われる。
一方日本人の生活レベルは上表から類推すれば次のようになってくる。
1.国内総生産(GDP)のレベル
1985年(昭和60年)の日本の国内総生産は1,362,909ドルでアメリカの4,213,000ドルの32.3%でイギリス(459,116)、ドイツ(620,287)、フランス(536,642)の2倍以上であり、先進国の仲間に入ったように思われる。しかし、アメリカとの開きは大きい。
2.1人当たり国内総生産(GDP)
1985年(昭和60年)の日本1人当たりの国内総生産は11,282ドルでアメリカは16,638ドルであり、アメリカの67.8%と小さい。しかし、イギリスは8,099ドル、ドイツは10,174ドルで日本は両国より大きくなっている。国内総生産で見る限り、先進国の有力なメンバ―となっていたのである。国内総生産、1人当たり国内総生産において1995年(平成7年)において格段によくなっているのはその当時の為替レートが1ドル=94.1円の円高の所為によるものである。又、大企業と中小企業との格差において賃金格差が62〜63%、付加価値生産性格差が50%前後で推移しているのに資本装備率格差が35.5%から54.5%と向上していてその格差に矛盾があるのは前者2つについては中小企業の従業者を1人〜299人にしたのに、後者の資本装備率では従業者10人〜299人に中小企業の規模を格上げしたところに矛盾がある。一般的に中小企業(製造業)において現在の不況下では従業者10人以下が非常に多い。そしてそれに比例するように資本装備率は極めて貧弱である。したがって、中小企業に従業者数10人以下を前者2つに加えれば賃金格差、付加価値生産性格差はこれより悪い数値が算出される筈である。最近の平成7年の時点においても依然として大企業と中小企業との諸格差は存在するものと思われる。
3.エンゲル係数
社会生活の余裕を示すエンゲル係数をみれば、1985年(昭和60年)は27.0%であり、10年前の1975年(昭和50年)の32.0%と比べれば、5.0%減少しており、相当生活には余裕がでてきたものと思われる。円高で輸出企業は不況に喘いでいたが、国内産業は円高不況の影響をあまり受けず、経済成長を続けていた。一方産業の基盤をなす製造業は更なる企業合理化を迫られたのである。円高不況と言われながら街を歩く人の様子からみてもあまり不況を感じられない状況であった。 知らないうちにそれだけ国民の生活水準が上昇したものと思われる。
4.大企業と中小企業との格差
1985年(昭和60年)の中小企業の状況を見ると大企業と比較すれば、賃金格差は60%から62%で推移しており、最近の1995年でも64%である。平均して62%で推移している。資本装備率格差は35.5%から44.5%に上昇したが大企業と比べれば、機械化・省力化が遅れており、まだ設備投資を進めなければならないことを示している。付加価値生産性は52.0%から48.0%に落ちている。大企業の方が積極的に設備投資を進め、大企業と中小企業との差が開いたものと思われる。
まだまだ大企業との格差はあるものと思われる。他の先進国では、大企業と中小企業との格差は賃金は約80〜90%であり、付加価値生産性でも大企業の半分以下という低い数値ではない。 まだまだ中小企業は生産性が低く、省力化、人材開発、経営合理化を進めなければならないという結論に達する。また昭和59年に起きた円高により輸出に関係した製造業は大企業は別として、その下請けの中小企業は単価アップとなり、経営が成り立たず、倒産するものが続出した。大田区の製造業や地場産業は塗炭の苦しみを舐めたのである。
中小企業を育成するための努力は猶、継続されたが、社会的な安定を得たためか何故か中小企業育成のための行政から発注する診断件数は減少の一途を辿った。中小企業の大企業に対する経営格差は上表は対象とした中小企業を最小従業者数10人以上として統計を算出している。製造業の1次、2次の下請け業者はまだいいとして、3次の下請け業者(自動車などはこれにあたる)となると、2、3人から5、6人程度の零細企業が多い。この規模の零細企業は賃金も生産性も極めて低い。他の競争相手の企業が賃金が上がり、生産性が向上すれば、零細企業は経営の維持ができなくなるであろう。円高を契機として零細企業の倒産するのが顕在化してきた。
中小企業は最初は設備投資をして資本装備率を上げ、組織化を進めて規模を大きくして力をつけようとしたが,昭和60年頃から知識による経営合理化の政策に大きく転換してきた。
中小企業診断士の診断方向も診断件数は減少するものの製造業は設備診断、設備貸与診断、融資診断、工場診断等であり、小売業・サービス業は個店診断、マーケットリサーチ、商店街診断、ショッピングセンターの立地診断、来店客意識調査診断等が行われた。
円高を乗り切った日本製造業はその後10年間で大きく飛躍していくことになる。そしてその後に待っていたのがバブル発生と崩壊による平成の長期不況による日本経済の低迷である。
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